街の歴史

-ヴェローナの歴史は、インドヨーロッパ族、エウガネイ人、レーティ人そしてエトルリア人が丘陵地帯を眺め、緩やかに川の流れるこの地に理想的な都市を誕生させるべく、居を構えたことにさかのぼります。

-ローマ界との最初の重要なコンタクトは、紀元前216年、カンヌの戦いで街がローマとの同盟を結んだ時にさかのぼります。街の歴史は古代ローマの歴史と共に絡み合い、紀元前1世紀にヴェローナはローマの支配下に治まり、史跡の素晴らしさと、政治的重要性からヴェローナは“小さなローマ”として知られるようになりました。

Verona Art: Verona Amphitheatre Arena & Gavi Arch

-その後、ローマ帝国が倒れ、その歴史は伝説と錯覚されます。知られていることは東ゴート人のテオドリコ王は、ヴェローナを彼の宮廷に選び丘の上に実在の館を築いたということです。次いで、彼の後継者、アルボイノ王と共にヴェローナはイタリアでのロンバルド族の初めての首都とされます。ロンバルド族最後の王はカルロ・マーニョに敗北し、カルノの息子、ピピーノが愛したヴェローナを彼の移住地として選びます。

Medieval art: Verona Medieval castle Castelvecchio

-中世、1277年から110年間

St. Mark?s Lion

ヴェローナは自由都市として次に続くスカラ家の到来と共に素晴らしい時期を送ります。都市は姿を変え、重要建築を美しく装飾し、スカラ家の邸宅はジョット、アルティキエロ、ダンテ・アルギエリとペトラルカのような芸術家と詩人に魅了されつつ、芸術と文化の作品によって活気のある中心地となります。もはや伝説となったロミオとジュリエットは、シェイクスピアのオペラ作品において永遠のものとされます。

-全てのルネッサンス作品のために、ヴェローナはヴェネツィア国家に参加し、その素晴らしさを芸術と社会生活の中に共有し続け、大貴族たちと新しい中産階級の商人たちは、庭園、建築物、別荘、教会を豊かに装飾し、経済、社会と芸術の発展を促進させました。

-1796年、ヴェネツィア国家の滅亡と共にナポレオンが到来します。ヴェローナとその領土は国際的軍略上の戦略拠点とし、数多くの戦いの舞台となります。最後にナポレオンはフランスに近い領域と交換にベローナの管理をオーストリア人へ渡しました。従って、19世紀の前半に、1866年にイタリアが建国されるまで、ベローナは重要なオーストリアの拠点でした。また現在も尚、その長い歴史にベローナに関わった多くの国で、芸術や料理法など強い影響を表した痕跡を見ることができます。

Verona art and nature: Giusti Gardens